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猫屋不動産

不動産屋のブログ

幽霊

昨夜は知人の通夜式だった。
故人は昔、同僚だった人で、参列者の中には懐かしい顔をみる事ができ近況を報告しあえた。

 

猫屋のデスノート(名前を書くと死んでしまうような物騒なノートでなく、いわば死後の取扱説明書のようなもの)には、死んだ場合、『直葬する事』と書いてある。
つまり、病院からそのまま火葬場行きという意味だ。
『遺骨は海に捨てる事、葬儀・法事の類は一切無し』とも書いた。

 

人が亡くなると通夜から始まり・葬儀・初七日~三十三回忌と死後32年もの間続く。

これは何故か?

故人を忘れないためだ。

死の恐怖とは忘れ去られる事だ。
愛する人にいつまでも覚えていて貰いたい。
心の中で生き続けたい。

 

でも死者に記憶力はない。
遺族は覚えていても死者はなにも覚えていない。

霊魂の存在は信じているが、霊魂に記憶力はない。

何故なら霊魂に脳はないからだ。

 

霊魂自体に記憶力があれば、私のように爺になってもモノ忘れに悩む必要はない。

脳が忘れても、霊魂が覚えているからだ。

でもTVを観ていても、

「ほら、その、ナニ、なんだっけ、えーっと、、名前が、、う~~ん、出てこない」
という事は日常茶飯事である。

 

だから、死んだらとっとと灰にして海にぶちまける。

それで良いと思っている。

 

亡くなった知人は、生前はとんでもないエロ爺だった。
昔、2次会に行く途中、猫屋に耳打ちした。

「せっくす、、しに行くぞ!」(厳密に言うとセックスではなくセッキスと言っていた)と風俗に行こうとした。
とか、ハッスルキャバレーで延長を繰り返し、挙句の果て金が足りなくなった。

まさに痴人である。(でも、とても良い人でした。)

こんなことを書いても、彼は幽霊になって出てこない筈だ。
脳はないのだから。

 

 

えっ!

後ろに

誰か

 

いる、、、、、